セブ親子留学 /フィリピン母子移住をきっかけに世界を舞台に働く2児の母。教育は子どもへの最高のプレゼント、親子留学で自分自身と子供の可能性を大きく広げよう!

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ホームステイの居心地が悪くて大失敗!カナダ留学先のホストファミリーから学んだ語学学校に通う大切さ

オーストラリア留学、ニュージーランド留学、今回のカナダ留学、3回の留学経験を通して学んだことは、出会いの大切さです。

海外の地で、たくさんの出会いの機会を自分の力だけで作るのはとても難しいということ。語学学校に入るという選択をするだけで、圧倒的にたくさんの人と出会うことができることも学びました。

様々な価値観を持つたくさんの人と出会うことにより、充実した留学生活を送ることができます。留学するにあたって、語学学校に通うかどうか迷っているとしたら、絶対に通うべきです。

前回のニュージーランド留学をしていた記事はこちらです。

2002年の22歳、株式会社NOVA入社直前に行ったカナダ留学ホームステイ。わたしがホームステイを経験した4カ国の中で、当たりでもなければ大ハズレでもない中くらいの滞在生活だったのが、カナダのバンクーバーです。
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ホストファミリーは、そこそこ良い家族ではあったのですが、ホームステイは副収入のためのビジネスと割り切っているような壁をいつも感じ、居心地はあまり良くなかったです。

わたしは大手の留学エージェントを利用して、カナダの留学プランを決めました。留学プランは2つ、語学学校+ホームステイ、ホームステイです。私はかなり迷った末にホームステイのみの留学プランを選びました。

この留学の目的は、英語の勉強というより就職前の大冒険であり、カナダで2週間ホームステイした後、そのままアメリカ縦断一人旅を2週間する、という1ヶ月の冒険プランを決めていました。

そのため、アメリカの旅に予算を多めに回すためにも、少し安いホームステイのみの留学プランにしました。留学エージェントのスタッフにお勧めされたことも理由でした。

今思えば、留学費用はそこまで大きく違わなかったので、語学学校ありのプランにすべきだったと後悔しています。学校に行かずにホームステイのみをするということは、留学生活、滞在生活のすべてをホストファミリーの良し悪しに依存することになるからです。

留学生を自分の本当の家族のように歓迎してくれる素晴らしいホストファミリーもいます。ですが、特に国際交流なんてしたくないけど部屋が余っているしお金がもらえるならと、ビジネスと割り切ってホームステイを受け入れる家庭もあります。

そんないわゆるハズレに当たってしまうと、かなり嫌な思いをすることもあります。

大きな賭けです。ハズレの場合でも、語学学校通学などの主な目的があり、ただの手頃な滞在手段と割り切ってホストファミリーと接すれば、傷は浅く済むでしょう。

しかし、ホームステイのみの留学プランの場合、ホストファミリーがハズレだと留学そのものが嫌な思い出になってしまいかねないので危険です。

カナダのホストファミリーは、船乗りのお父さん、専業主婦のお母さん、6歳の男の子、5歳と3歳の女の子の5人家族でした。3歳の女の子はダウン症児で、ダウン症の子供とはこの時初めて触れ合いました。

とても良い経験と勉強になりましたが、毎日がお手上げ状態だったことを覚えています。ダウン症の発達障害に限らず、3歳くらいの子供は暴れまわったり言うことを聞かないものです。

無邪気な年頃にあわせて、わたしの顔に向かって唾を吐いたり、私の荷物をあさっては化粧品やカメラなどを使い壊してしまうのにはホトホト困りました。
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3人の子供達はいつもわたしの部屋に来て走り回って遊んでいて、わたしはベビーシッターのような存在になっていました。子供慣れしていなかった当時は、子供の扱いに四苦八苦したことをよく覚えています。

このホストファミリーは、ビジネスとして次から次へとホームステイ希望者を受け入れていて、わたしが来る前日まで日本人の親子を受け入れていたそうです。

ホームステイをしていた親子は、日本人の30代の母親と2歳の男の子です。その2歳の子供はもっとわんぱくで大変だったけど、ホストファミリーの子供達とよく遊んでくれて良かった、とホストマザーが言っていました。

わたしはすごくビックリしました。生まれて初めて「親子留学ホームステイ」の存在を知ったからです。

2002年、当時、留学というのは中高生や大学生、もしくは20代の若者、それも独身の人が行くものだというイメージがありました。子連れでも海外ホームステイができるんだということを知り、将来自分に子供ができたらいつか親子で留学がしてみたい、と強く思ったことを覚えています。

ショックだった出来事もありました。ホストファミリーが近所の友達を招待して家のお庭でバーベキューパーティをした時、わたしだけ「ワインを飲みたかったら1杯5ドル払ってね」と言われたことです。
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ホームステイ費用には3食の食費は含まれていましたが、ワインは嗜好品なので別払いというのは当然のことなのでしょう。嗜好品とは、栄養をとるための飲食ではなく、その人の好みにより楽しむお酒、コーヒーなどの飲食物のことです。

それは理解できるものの、自分だけが、パーティで歓迎されているたくさんの友達とは全く違う対応をされたことがショックでした。わたしはあくまでもビジネスのために受け入れているだけの外国人だという現実を突きつけられたようで悲しかったです。

楽しかった思い出もあります。船乗りのお父さんのコネを使ってビクトリアに格安で家族旅行をしたことなど、素敵な経験も出来ました。

花と水の都ビクトリアはバンクーバー島の1つで、カナダの中で最も美しい都市と言われています。イギリス風の街並みの至るところに花々が咲き乱れていて、本当に美しい街でした。

ホストマザーの実家がある、アメリカ北部の街を訪れるために、車で日帰りの家族旅行をしたこともあります。バンクーバー郊外のサーレーという街から祖父母の家までは車で片道2~3時間の距離です。島国の日本ではありえない陸路での国境超えは、ものすごく興奮しました。
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しかし、その2つの旅行以外は、近所を1人で散歩したり家で子供たちの遊び相手をするという単調な毎日でした。わたし、カナダに何しに来たんだろう、と疑問に思うような日々です。

そんなある日、近所に住む日本大好きという中学生の女の子をホストファミリーから紹介され、一気に親しくなりました。クリスティーンという女の子です。

日本のマンガが大好きすぎて日本語の勉強をしているということや、浜崎あゆみの大ファンだと言っていたことをよく覚えています。クリスティーンとは一緒にお出かけをしたり、日本やカナダの文化、習慣、若者の流行りについてなど、いろいろな話をしました。
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居心地の良くなかったカナダのホームステイは、クリスティーンとの出会いにより楽しさが倍増しました。本当に出会いは大切です。

16歳のオーストラリア留学、21歳のニュージーランド留学を経験したうえで、今回のカナダ留学のバンクーバーホームステイ。3回の留学経験を通して学んだことは、出会いの大切さです。

海外の地で、たくさんの出会いの機会を自分の力だけで作るのはとても難しいということ。語学学校に入るという選択をするだけで、圧倒的にたくさんの人と出会うことができることも学びました。

様々な価値観を持つたくさんの人と出会うことにより、充実した留学生活を送ることができます。留学するにあたって、語学学校に通うかどうしようか迷っているとしたら、絶対に通うべきです。

以上、世界を舞台に働く2児の母で親子留学カウンセラーのハナ(@harunatzy)でした!

* * * * *

わたしの留学経験を書きました。もしよかったら参考にしてください。

1996年 16歳のオーストラリア留学

2001年 21歳のニュージーランド留学

ホームステイ国別ランキングの記事はこちらです。


オーストラリア留学、ニュージーランド留学、今回のカナダ留学、3回の留学経験を通して学んだことは、語学学校に入った方がたくさんの出会いを生み、充実した留学生活を送ることができる、ということです。

留学するにあたって、語学学校に通うかどうしようか迷っていたとしたら、通うべきです。

前回のニュージーランド留学をしていた記事はこちらです。

2002年の22歳、株式会社NOVA入社直前に行ったカナダ留学ホームステイ。私がホームステイを経験した4カ国の中で、当たりでもなければ大ハズレでもない中くらいの滞在生活だったのが、カナダのバンクーバーです。
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ホストファミリーは、そこそこ良い家族ではあったのですが、ホームステイは副収入のためのビジネスと割り切っているような壁をいつも感じ、居心地はあまり良くなかったです。

大手の留学エージェントを利用して、カナダの留学プランを決めました。留学プランは2つ、語学学校+ホームステイ、ホームステイです。私はかなり迷った末にホームステイのみの留学プランを選びました。

この留学の目的は、英語の勉強というより就職前の大冒険であり、カナダで2週間ホームステイした後、そのままアメリカ縦断一人旅を2週間する、という1ヶ月の冒険プランを決めていました。

そのため、アメリカの旅に予算を多めに回すためにも、少し安いホームステイのみの留学プランにしました。留学エージェントのスタッフにお勧めされたことも理由でした。

今思えば、留学費用はそこまで大きく違わなかったので、語学学校ありのプランにすべきだったと後悔しています。学校に行かずにホームステイのみをするということは、留学生活、滞在生活のすべてをホストファミリーの良し悪しに依存することになるからです。

留学生を自分の本当の家族のように歓迎してくれる素晴らしいホストファミリーもいます。ですが、特に国際交流なんてしたくないけど部屋が余っているしお金がもらえるならと、ビジネスと割り切ってホームステイを受け入れる家庭もあります。

いわゆるハズレに当たってしまうと、かなり嫌な思いをすることもあります。

大きな賭けです。ハズレの場合でも、語学学校通学などの主な目的があり、ただの手頃な滞在手段として割り切ってホストファミリーと接すれば、傷は浅く済むでしょう。

しかし、ホームステイのみの留学プランの場合、ホストファミリーがハズレだと留学そのものが嫌な思い出になってしまいかねないので危険です。

カナダのホストファミリーは、船乗りのお父さん、専業主婦のお母さん、6歳の男の子、5歳と3歳の女の子の5人家族です。3歳の女の子はダウン症児でした。ダウン症の発達障害に限らず、3歳くらいの子供は暴れまわったり言うことを聞かないものです。

無邪気な年頃に合わせて、私の顔に向かって唾を吐いたり、私の荷物をあさって化粧品などを使ったり壊してしまうのはホトホト困りました。
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3人の子供達はいつも私の部屋に来て走り回って遊んでいて、私はベビーシッターのような存在になっていました。子供慣れしていなかった当時は、子供の扱いに四苦八苦したことを覚えています。

このホストファミリーは、ビジネスとして次から次へとホームステイ希望者を受け入れていて、私が来る前日まで日本人の親子を受け入れていたそうです。

親子は、日本人の30代の母親と2歳の子供の2人でした。子供はもっとわんぱくで大変だったけど、ホストファミリーの子供達とよく遊んでくれて良かった、とお母さんが言っていました。

私はすごくビックリしました。生まれて初めて「親子留学ホームステイ」の存在を知ったからです。

2002年、当時、留学というのは中高生や大学生、もしくは20代の若者、それも独身の人が行くものだというイメージがありました。子連れでも海外ホームステイができるんだということを知り、将来自分に子供ができたらいつか親子で留学がしてみたい、と強く思ったことを覚えています。

ショックだった出来事もありました。ホストファミリーが近所の友達を呼んで家のお庭でバーベキューパーティをした時、友達は無償で食事やワインを振る舞われ、私だけ「ワインを飲みたかったら1杯5ドル払ってね」と言われたことです。
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ホームステイ費用には3食の食費は含まれていましたが、ワインは趣向品なので別払いというのは当然のことなのでしょう。

それは理解できるものの、パーティで歓迎されているたくさんの友達とは対照的に、私はあくまでもビジネスのために受け入れているだけの外国人だという現実を突きつけられたようで悲しかったです。

楽しかった思い出もあります。船乗りのお父さんのコネを使ってビクトリアに格安で家族旅行をしたことなど、素敵な経験も出来ました。

花と水の都ビクトリアはバンクーバー島の1つで、カナダの中で最も美しい都市と言われています。イギリス風の街並みの至るところに花々が咲き乱れていて、本当に美しい街でした。

お母さんの実家がある、アメリカ北部の街を訪れるために、車で日帰りの家族旅行をしたこともあります。バンクーバー郊外のサーレーという街から祖父母の家までは車で片道2~3時間の距離です。島国の日本ではありえない陸路での国境超えは、ものすごく興奮しました。
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しかし、その2つの旅行以外は、近所を1人で散歩したり家で子供たちと戯れるという単調な毎日でした。私、カナダに何しに来たんだろう、と疑問に思うような日々です。

そんなある日、近所に住む日本大好きという中学生の女の子をホストファミリーから紹介され、一気に親しくなりました。クリスティーンという女の子です。

日本のマンガが大好きすぎて日本語の勉強をしているということや、浜崎あゆみの大ファンだと言っていたことをよく覚えています。クリスティーンとは一緒にお出かけをしたり、日本やカナダの文化、習慣、若者の流行りについてなど、たくさんの話をしました。
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居心地の良くなかったカナダのホームステイは、クリスティーンとの出会いにより楽しさが倍増しました。出会いは大切です。

16歳のオーストラリア留学、21歳のニュージーランド留学を経験したうえで、今回のカナダ留学のバンクーバーホームステイ。

3回の留学経験を通して学んだことは、語学学校に入った方がたくさんの出会いを生み、充実した留学生活を送ることができる、ということです。留学するにあたって、語学学校に通うかどうしようか迷っていたとしたら、通うべきです。

私の留学経験を書きました。よろしければ参考にどうぞ。

1996年 16歳のオーストラリア留学

2001年 21歳のニュージーランド留学


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【著者】近藤英恵プロフィール

セブ親子留学カウンセラー/ハナマルサロンオーナー。子供2人を連れてフィリピン親子留学後、母子で4年間の教育移住。セブの日系語学学校勤務を経て、新しい学校の設立と運営を経験。 セブでは幅広い年代・職種の日本人約2,000人の現地サポートをしながら、フィリピン人約1,000人の面接、マネジメントに携わる
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